”普通”が苦痛な人に効く「コンビニ人間」

こんにちは、こっこです。

昨日ふと立ち寄った本屋で書籍「コンビニ人間」のシュールないで立ちに思わず手にとってしまいました。
この書籍で155回芥川賞を受賞された著者である村田沙耶香さんが大学卒業後、ずっとコンビニ店員として働いていたそうです。
「コンビニ店員」と「芥川賞作家」の肩書のギャップに格好いいなーっと思っていました。

しかし、読み進めると、そんなギャップを格好いいと言っている自分が恥ずかしくなります
(理由は後述します)。
でも恥ずかしいと気づかせていただいた村田沙耶香さん。

改めてすごい方だと思わずにいられなかったです。

本

あらすじ

主人公の小倉恵子は自分と周りの人間の考え方のズレに幼い頃から悩んでいた。
幼い頃に、死んだ小鳥を拾って、お父さん焼き鳥が好きだから持って帰ると母親に伝えては困らせたり、
同級生の男子の喧嘩を「止めて」って声を聴くと止めるなら。。とスコップを持ってきて暴れる男子を殴ったり。
自分が良かれとしていることが周りの人間との溝を深くしていく。

親にまで「どうやったら治るか」と問われ、自分は修正しなければならない存在なのだ、

とうようになっていった。

そんな恵子が大学生となり、たまたま迷いこんだ街のコンビニでアルバイトとして働き始める。
コンビニで働く者は同じ制服を着、同じマニュアルに従い、同じ目標の中で働く。
そこで働いていると、どんな背景を持った人物も同じ土俵で一緒に働いていくことが恵子にとっての安心材料となる。
やがてコンビニは恵子にとって切っても切れない所となる。

そんな中、白羽という男が同じコンビニで働くようになる。なんとその男は婚活を目的として働き始める。
遅刻、終業時の店での携帯弄り等問題行動ばかりの白羽がついには女性客にストーカー行為をはじめあっさりコンビニを首になる。
ある日恵子はクビになったまだ女性客を待ち伏せしている白羽を見つけ、それを阻止する。

この世界は異物を認めない。

皆が足並みをそろえていないと駄目なんだ。

 

自分を守るためにも結婚したいという白羽。そんな白羽に恵子は結婚だけが目的なら私と結婚すれば良い、と提案する。
そして二人は共に生活し始めるがー

結局普通ってなんだろう?

普通ってなんだろう。
これは個性とは何か、と同じくらい誰でもが一度は考えさせられるテーマではないでしょうか。
この本の中で恵子から見た、いわゆる「普通」の人の描写が鮮やかです。
いえ、普通の人だけでなく白羽のようにいわゆる「変わり者」の部類に入る人の描写も見事ですが。

この本で学んだ普通の人の一例はこうです。
*大学卒業する 白羽は大学を中退して専門学校も中退している。
*正社員として勤める 恵子は36までアルバイト。白羽は無職。
*結婚する。もしくは正社員としてキャリアを築く:恵子の周りの「友達」は結婚しているか、キャリアウーマン。

実は私も無意識レベルで上記が普通と感じていたのがこの本を読んで恥ずかしくなりました。
なので、冒頭にお伝えした「コンビニ店員」と「芥川賞作家」にギャップを感じて格好いい、なんて間抜けなことを記載していました。
ギャップという言葉がすでに「コンビニ店員」か「芥川賞作家」に優劣をつけています。
そしてコンビニ店員を下に見ている自分に気づき本当に恥ずかしい。。。

ただ冒頭でそんなことを言いましたが、と同時に開き直って(?)あえてこんな感想があってもおかしくないと思いました。
あくまで私個人が、下記みたいな考えの方がいるのではないかと思いましたので、ご無礼にあたったらお許しください。

この「普通」、ほーーーんの少しだけ時代遅れかな、と。

白羽は人間は結局縄文時代から変わらない。強い男に村一番の女が結ばれる。そんな表現が出てきます。

でも白羽、「今」って。。本当にそうなのかな?

たぶん今のキャリアウーマンはむしろ白羽のようなヒモ男でも気があえば結婚すると思いますよ(私はしないけど)

というか、本の中で恵子の友達がそんなヒモ男いるよねって言っているのです。
そう、いるのですよ。そして、

36歳独身女性でコンビニでアルバイト。

この多様化している現代に上記はそんなに異物でしょうか?

今はニートでも収入を得ている方がいる。恵子みたいにコンビニの店員というキャリアウーマンがいます。

いろんな働き方が今後でてくる中で、コンビニ店員も大手企業の正社員も芥川賞作家もニートも優劣などなく
ただの「働く場所の一つ」となるでしょう。

現代に働くの価値観は多種多様。恵子みたいにコンビニが天職という方もいる。
大手企業の正社員でも働くは手段でしかないという人がいる。 
何が普通かわからないのが普通。そんな時代に突入しているんだと思います。

レール
 

結局人間は縄文時代から変わってないのだろうか?

ここまでが、長くなってしまいましたけど、今はいろんな時代を経て白羽が言う縄文時代からようやく
人間は縄文時代から卒業できてきているのではないかと思っています。

ちょっと脱線しますけど下記みたいな考え方ですね。

男女かかわらず、
社会的は強者でも良いし、弱者でも良い。
結婚したければしてもいいし、したくなければ一生しなくても良い。
結婚相手は(男女共に)ヒモでもいいし、そうでなくても良い。
結婚相手は異性でもいいし、同性だっていい。
子どもを産みたければ産んでも良いし、産まなくても良い。
子どっもを産むのに結婚していても良いし、していなくても良い。
働きたければ働いてもいいし、働かなくても良い。

ようは村(チーム)の縛りからぬけ、もっと個人が生きやすいようになるのではないかと。

ただブレない、ブレてはいけないのは、誰かを思う気持ちですよね~。

大層なこと言っていますね(笑)

でもそんな大層なことじゃなくていいと思うんです。

この本の例だと、恵子が妹が好きなお菓子を買って会いに行くとか
(恵子はコンビニで働くこと以外に興味ないので当然食べることにもに興味ない)。

もちろん本の中のいっぱいありますが、すみません、そろそろ指が痛くなってきました(笑)

そんなことをこの本で学びました。

景色

 

まとめ

結局感想文となってしまいましたが言いたいのは、

*現代に働くの価値観は多種多様。普通はわからないのが普通。
*もっと平和な意味でカオスになってもいい
*相手に対して少しの思いやりを持つ努力をすること

うーん、無い脳みそ人間が偉い上から目線だ(^^;;

最後まで読んでくださってありがとうございます。

色付き卵

 
 

 

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